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[IMPACTインタービュー] 安倍昭恵さん(中編)『アントレプレナーの使命は誰が気づかせてくれるのか』

2016/05/18 | By IMPACT Japan

 

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インタビュー第2回:安倍昭恵さん(中編)
『アントレプレナーの使命は誰が気づかせてくれるのか』

日本のファーストレディ安倍昭恵さんを招いたインタビュー企画の第2回。アントレプレナーが自ら使命に気づくのはいつか。誰が気づかせてくれるのか。INTILAQ東北イノベーションセンターで開催された『PIF(= Post-Disaster Innovation Forum)2016)』のイベントでの講演全文と合わせて紹介していく。

<プロフィール>
安倍昭恵(あべあきえ)
1962年東京都出身。87年に安倍晋三氏と結婚。ミャンマーでの寺子屋設立や、山口県産の無農薬米「昭恵米」栽培、居酒屋UZUの経営など、従来ステレオタイプの「ファーストレディ像」には収まりきれない幅広い活動を行う。安倍政権の政策に公然と異議を唱える「家庭内野党」を公言している。

<インタビュアー>
齋藤ウィリアム浩幸
1971年カリフォルニア出身の日系二世。内閣府本府参与。自身も20代で米マイクロソフト社に事業売却を果たしたアントレプレナーであるが、現在は次世代リーダーの育成をテーマに活動しており、社団法人IMPACT Foundation Japanを設立、理事長を務める。IMPACT Japan Foundationはカタールフレンド基金による活動の拠点としてINTILAQ東北イノベーションセンターを設計、開設、運営している。

なぜ東北の被災地を訪問するのか。
困っている人の役に立ちたいという心の声に従っているだけ。

– 安倍
今日、INTILAQに来る前も南三陸で被災された方々と会食していたんですけども、「なんでそんなに何度も東北に来るんですか?」と聞かれるんです。
被災地では、たくさんの方が亡くなりました。その命の犠牲を忘れてはならないと思います。なぜ、被災者の多くが亡くなってしまったのか。震災の前と同じ社会のままではダメで、日本は、地域は、もっと良くならなければならない。被災地の経験をもっと広い単位に共有し、日本が変わる原動力にしていかなければならない。その思いで私は東北に来させてもらっているんです。

– ウィリアム
自分にとっての「使命」は、いつ見つかるのでしょうか。昭恵夫人にとっての「東北」や「山口」のようなテーマと出会うきっかけは、どこに待っているのでしょう。

– 安倍
もともと私自身、あらかじめしっかり目標を立てて、そこにガツガツ向かっていくタイプではありません。ただ、講演会などに呼んでいただいたときに若い方々に伝えているのは…世の中にはあまりにたくさんの情報があふれているけれど、それに右往左往しないで、ということ。本当に大事なのは、心の中から湧き上がる声だということです。心の声に素直に従って行動してさえいれば、必ず自分が進むべき道、神様から与えられた使命に気づく瞬間に出会えるのだと思います。その使命は、学校の先生やご両親に教えられるものではありません。自分で気づくしかないのです。

– ウィリアム
そのためにも、歩みを止めず、チャレンジを継続している必要があるわけですね。昭恵さんにとって東北は、関わりを続けていきたいという心の声が聞こえた場所であった、と。

– 安倍
私も「これをやらなければいけない」という明確な目的を必ずしも定めているわけではありません。ただ、やっぱり被災地には今も困っている人がいる。私が何か関わりを持つことで、何らかの進展があるかもしれない。私が行くだけで喜んでくれる人がいる。だから私は、ここに何度も足を運ばせていただいているんです。

– ウィリアム
お話の途中で残念ですが…ここで、世界防災ジュニア会議で講演されるお時間ですね。本日はどうもありがとうございました。引き続き講演の方で、東北への思いと、若い世代のアントレプレナーへのアドバイスをいただけますと幸いです。

– 安倍
こちらこそ、ありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします。

以下は、安倍昭恵夫人が2016年3月13日、震災から5年という節目にINTILAQ東北イノベーションセンターで開催された「PIF(= Post-Disaster Innovation Forum)2016』の冒頭で講演した内容全文。
PIFは、2014年に2人の高校生(仁禮彩香さん、齊藤瑠夏さん)が設立した一般社団法人『減災産業振興会』が主宰する減災ナレッジの普及を目指すシンポジウム。シンポジウムの参加者には高校生を始めとする減災活動に意欲的な若い学生の他、関連各分野の専門的な知識を持つ大人も多数参加している。この日は、減災に貢献する優れたアイディアを表彰する「グッド減災賞」が発表された。安倍昭恵夫人は同団体の理事を務め、その活動をサポートしている。

震災の備え、物理的な準備だけでなくコミュニティ作りが大切。

みなさんこんにちは。
私はPIFの第1回が開催されるときに仁禮彩香さんからお手紙をいただきました。減災を目指すこういう会議を開きます。ぜひいらしてください、という内容です。
印象に残ったのは、「私たちが未来そのものです。私たちが未来を作っていくんです」という言葉。その言葉に感動して、自らそういう風に考えて行動している高校生がいるならばぜひ応援したいなと思って、第1回に参加させてもらいました。
壇上に上がっていたのは、仁禮彩香さん、齊藤瑠夏さんの2人で、立派な経歴を持つ大人がみんな、話を聞いている。素晴らしい会議の様子を実際に見て、これはすごい高校生たちだな、日本の未来は明るいなと感じて、それ以来、お付き合いをさせていただいています。(2人は今春、高校生を卒業するので)今日で多分、高校生の2人の姿を見られるのは最後かな。
今日は制服を着ている方もたくさんいらっしゃいますね。ぜひ彼女たちの後に続いてですね、どうか若いみなさんの力で、この日本をもっともっと良い国にしていってもらいたいなと思います。

震災が起きた後、今、思うことは、普段から震災が起こるかもかもしれないと意識を持って準備することはもちろん大切ですが、人間関係、コミュニティをしっかり作っておく、ということが、とても大事なことなんじゃないかなということです。
東北はもともと人間関係が密な地域性であったため、必要な連絡がきちんと取り合えてうまくいったところがたくさんあったことを聞いています。ただ、同じ規模の震災が東京で発生したらどうなってしまうんだろうと思うととても不安になります。東京でも、きちんとコミュニティ作りをしなくてはいけないという話を周囲の人としているところです。

復興を担う若者が「人を信じられない」と言う、
そのことがもっとも大きな問題。

私も何度も被災地に入らせていただいて、もっとも関心を持っていることの一つが防潮堤。
津波によって多くの方たちがなくなってしまいました。その直後は、怖い思いをした人たちが、高い防潮堤を造ってほしい、二度とそのような思いをしたくない、その壁で、津波が来ても防げるような準備をしてくださいと言われていたことも、事実だと思います。
その後、国が方針を立てて、県や市や町が防潮堤の計画を進めて、高いところでは約15メートル、長さにして400キロくらいの防潮堤が、1兆円くらいのお金をかけて造られることになっています。
15メートルというと、高いですよね。4階建てのビルくらいの高さがあるコンクリートの壁が美しい東北のリアス式海岸への視界をさえぎってしまいます。
漁業で生計を立てている方もたくさんいらっしゃいますが、漁業にも影響が出るのではないかと心配されている。あるいは、海の側に住んでいるんだという意識が薄れて、実際にまた津波が来ても逃げ遅れてしまう恐れがあるんじゃないかとも言われていて、震災の直後は「防潮堤を作ってほしい」と言う人がいたかもしれませんが、今では私が話を聞いた限りでは、そんなに巨大なスーパー防潮堤を造ってほしいと願う住人は、1人もいないんですね。それでも計画は進んでしまっている。着工しているところもあって、着々と防潮堤が大きくなっている。本当にそれで良いのだろうかということを今、みんなで話しています。ただ、一度でも決まって動き出してしまった計画というものは、後からなかなか変更できないんですね。

この問題に取り組もうと考えた当初、牡蠣の養殖をしている30代の方とお会いしました。私はこの問題はおかしいと思う、本気で取り組むから一緒にやろうと声をかけました。
そしたら彼は、「安倍さんの本気ってなんですか?」と食ってかかってきたんです。
なんでなんだろうなという風に思いました。私は一緒にやろうと言っているのに、30代の若者が、生意気な言い方をするやつだと。でも話を聞いていると、彼は牡蠣の養殖に影響があるから防潮堤を作らないでほしいと、もう何度もいろんな人に言ったそうなんです。最初は誰でも、わかりました、なんとかしましょうと調子の良い返事をする。でも、結局最後には「やっぱりできませんでした」と東北を離れてどこかへ帰って行ってしまう。だからもう誰も信じられないんですよ、特に偉い人は、と言われたんですね。
私は防潮堤ができるというそのことよりも、これから復興の中心になっていく30代の若者が「人を信じられない」と言っている。そのような状況にとっても悲しい思いがしました。これが最も重大な問題だと思って、誰も信じられなくなってしまったかもしれないけれど、私1人くらいは彼らが信じられる人になりたいなと思って、ずっとこの問題に取り組んできました。

でも、一度でも決まってしまったことは、なかなか簡単には変えられません。今、メディアでも大分論調が変わってきていて、防潮堤はおかしいんじゃないかとテレビや新聞でも取り上げてくれているので、もしかしたら少し状況は動いてくるかもしれないけど、やっぱりまだまだ難しい。
だから、震災が起きる前、普段の生活をしているうちから、もし震災が起きたら、津波が起きたら、その後どうやって街づくりをしていくのか。考えておくことが必要なんじゃないかな、と思うようになりました。
若いみなさんは周りからいろんなことを言われるかもしれません。こんな学校に進学して、こういう会社に行って、こういう将来なら幸せに暮らせるかもしれませんよと、先生や、両親や、上司から、いろんなアドバイスを受けるかもしれません。でも、本当に自分のやりたいことはなんなんだろう。したい生活はどんな生活だろう。その答えは1人1人、違います。
震災がなくても、幸せとは何だろうと考えること。私たちの地域をこんな街にしたい、こんな暮らしだったら幸せに暮らせるかもしれないと考えること。それが、減災にもつながる。震災後の危機管理にもつながる。自分の幸せにもつながるので、ぜひ真剣に考えてもらいたいなと思います。

(安倍昭恵さんインタビュー第3回へ続く…)

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